ウイスキーを超えた世界一の蒸留酒を目指す
福岡県中南部に位置する朝倉市(旧杷木町)。原鶴温泉や巨峰や柿などのフルーツ栽培で有名な地だ。緑豊かな山々に抱かれた町中を、筑後川が流れ、川沿いに焼酎造りで欠かせない麦や米などの大穀倉地帯が広がっている。長期熟成焼酎に こだわる「ゑびす酒造」は、九州一の大河のすぐそばに、蔵を構えていた。
1885年(明治18年)創業。「創業者の萩竹次郎が故郷の杷木の地に蔵を開いたのは、おいしい水が豊富にあったことが決め手の一つだったといいます」 と、ゑびす酒造5代目で杜氏も務める、田中健太郎さん。真面目で実直という言葉がぴったりの、41歳の蔵のリーダーだ。
修験道の山で知られる、英彦山から流れ来る地下水を、焼酎造りに利用している。「ミネラル分が豊富で、もろみが発酵に適した水です」と田中さん。歴史を感じさせる古い木造の蔵に案内してもらうと、焼酎が入った、たくさんの木樽が 目に飛び込んできた。フランス産のオーク樽のほか、シェリー、コニャック、ラムの熟成に使われた古樽もある。かめやタンクの貯蔵酒もあるが、多くの焼酎は 木樽でゆっくり熟成が進む。
ゑびす酒造の最大の特徴ともいえる、長期樽貯蔵の現場。ふんわりと酒の香りが漂ってくる。薄暗い蔵の中で、田中さんは一つひとつのこだわりを丁寧に話して くれた。
「ウイスキー全盛の昭和30年代。3代目がウイスキーの蒸留したての原酒を味わった時、焼酎の蒸留したての方がうまいと感じたそうです。ウイスキーと同じ条件で貯蔵すれば、勝てる。そう思ったようです。日本の焼酎会社で木樽貯蔵を 始めたのは3番目でした」
1969年(昭和44年)、6年樽貯蔵の40度の麦焼酎を発売した。銘柄の「らんびき」は、アラブ地域で誕生した蒸留器の呼び名「アランビック」に由来する。今やゑびす酒造の顔となった 「らんびき」の名前には、「蒸留技術や樽貯蔵も海外から入ってきたもの。外国から 来た新しいものを発展させ、焼酎が将来、ウイスキーにも負けない、世界で認められる酒になろう、との願いが込められています」。焼酎がウイスキーや日本酒 などよりも、「安い酒」と低く見られた時代に、世間の意識を変えてやろう、という焼酎専業会社としてのプライドがあった。
ゑびす酒造では、3年以上貯蔵して、充分な熟成が確認されている焼酎しか出荷していない。「らんびき」は、15年古酒も販売している。寝かせる期間が長くなれば、出荷までに時間がかかる。だから、大量生産・大量出荷はできない。それでも、長期熟成の樽貯蔵にこだわる理由がある。
昭和40年代、減圧蒸留の焼酎が登場してきて、昔ながらの常圧蒸留の焼酎は癖があって飲みにくいと言われた。減圧は飲みやすくなる一方で、焼酎好きから言わせたら、原料の個性が薄れるデメリットもある。
「うちは麦本来の良さも大事にしたい。その上で、いかに常圧の焼酎を飲みやすく、美味しく仕上げるか。それは貯蔵だと考えました。ゆっくり寝かせることで、麦の個性が残りつつ、まろやかになる。実験を繰り返した結果の答えでした」
焼酎ブームが来て、焼酎が足りなくなったことも、あったという。「少ないロット数は覚悟し我慢して、長期貯蔵にこだわってきました。足りなければ新酒を出せば、と言われるかもしれませんが、それはうちじゃなくてもできることで、お客さんが求めていることとは、違うと思うんですよ」と、田中さんは言葉に力を込めた。
ゑびす酒造では、地元で古くから親しまれている米焼酎「福徳戎」を除いて、麦焼酎がラインナップを占める。そのほとんどが、麦3分の2に、米麹3分の1の配合で造っている。麦は地元産の二条大麦。蒸留した時の麦の香ばしさが木樽貯蔵することで、調度良く抑えられ、米特有の甘みと絡みあう。そして、寝かせる間に木樽の中で生まれる香り。それらが調和して、飲んだ時の心地よい余韻につながるという。
「うちのお酒の一番の特長は、余韻と言いたいです。口に含むと、自らの体温で 花開いて、なだらかに続いていく香り。それは自然の長期熟成でこそ出てくるものですから、それをわかってくれるお客さんに出会えた時はとてもうれしいですね」
田中さんに、個人的ならんびきの楽しみ方を聞くと、ロックもいいけど、最近は ソーダ割りにはまっているとか。まさに「焼酎ハイボール」。冬場はお湯割りにしても、まろやかになってうまい。
「うまいし、こだわりもすごいから、何かのきっかけで大化けするよ」と、ライバル酒造のメーカー社長がお世辞抜きで賞賛する、ゑびす酒造の長期熟成焼酎。 近い将来、手に入れるのが難しく「幻」と言われる日が来てもおかしくない。
ゑびす酒造株式会社
URL:http://www.ranbiki.com/
住所:福岡県朝倉市杷木林田680-3
電話:0946-62-0102