乙女が生み出す、門外不出の「胡麻祥酎」
大分自動車道・朝倉インターチェンジを下りると、正面に耳納連山の美しい稜線が見えてきた。筑後川を渡り、河童(かっぱ)伝説で有名な田主丸町に入る。山に向けて坂道を上り、右も左も、見渡すばかりの巨峰畑を抜けると、国内でも珍しい胡麻を使った本格焼酎を造る「紅乙女酒造」に到着した。
蔵の第一印象は、女性っぽい優しさ。貯蔵庫など、敷地の建物には、焼酎のラベルにもデザインされている薔薇のステンドグラスがはめ込まれ、自然光で美しく輝いている。これまでさまざまな焼酎蔵を見てきたが、ここは全く異質な空間。まるで西洋の美術館のようである。
それもそのはず。「紅乙女」は、女性の創業者、故・林田春野さんの発想から生まれた。「男性の発想だったら、薔薇のステンドグラスのような空間は生まれなかったでしょうね。これも、林田春野のこだわりなんです」と、営業部部長の山崎稔さんが、教えてくれた。
貯蔵庫に連れて行ってもらうと、フレンチオークの樽がずらりと並んでいた。約400樽あるという。「昔、お酒と友人は古いほどいい、というCMをしていたんですけど、蒸留酒の特長は貯蔵だと自信を持って言えます。これだけの量の貯蔵酒を持っている蔵は、他にもないのではないでしょうか。紅乙女の強みです」と山崎さんは胸を張る。
古いもので29年貯蔵の樽があるといい、来年の2017年には30年モノの胡麻祥酎になるので、「何か仕掛けたい」と考えている。紅乙女ファンには30年貯蔵の一杯を味わえるチャンスになるかもしれない。
紅乙女では焼酎のことを「祥酎」と呼ぶ。「祥」は「おめでたいしるし」という意味がある。これまでの焼酎の概念ではなく、新しい種類のお酒として飲んでもらおうという願いが込められている。
確かに紅乙女は胡麻の焼酎のパイオニア。胡麻は油分が多いため、胡麻で焼酎を造るのは難しい。山崎さんは「でも、うち独自のやり方があります。これは門外不出で誰にも教えられないものです」と力を込めた。実は胡麻祥酎の製造特許が切れ、大手酒造メーカーが胡麻を使った焼酎造りの教えを請いに来たという。教えられる部分についてはすべて教えたというが、門外不出の技術だけは伝えていないそうだ。
おそらく、紅乙女ほど手間がかかっている焼酎はないのではなかろうか。普通、焼酎は1次、2次の2段階の仕込みを行い、蒸留する。紅乙女は3次仕込みと、他の焼酎より工程が一つ多い。
紅乙女は1次で酒母をつくった後、2次で味のベースとなる原料の麦を入れる。さらに、3次仕込みで胡麻を加えるのだ。蒸留した後の貯蔵・熟成期間も長い。市場に出るまでに、とても時間がかかっているのである。さらに他社も追随できない、門外不出の技術を持っているからこそ、紅乙女はいまだに、胡麻祥酎の中で唯一無二と言える存在として君臨しているのだ。
胡麻の豊かな風味と香りが心地よい、そんな紅乙女の焼酎造りの現場に2015年春、2人の“乙女”が入った。今山聖加さんと落合佑香さん。大学で麹などを研究した2人は、男の蔵人とともに、汗を流す。
創業者は女性だったが、女性の蔵人は初めてだった。今山さんは「力仕事など、まだ男性に頼っているところもあります」と焼酎造りの大変さを実感しているというが、「今まで私の中では焼酎を飲む女性のイメージがなかったので、飲みやすい、女性向けの焼酎を造ってみたいです」と思い描く。
「個人的な思いとして、女性の方が香りに敏感じゃないか」と、上司の製造部部長の垣原淳さん。「女性的な感覚を焼酎造りに活かしていってほしい」と、期待している。
これから、どんな新しい「祥酎」が誕生するのか。“乙女の蔵”に楽しみが増えた。
紅乙女酒造
住所:福岡県久留米市田主丸町益生田214-2
電話:0943-72-3939
主力の胡麻祥酎「紅乙女」は、胡麻の風味の濃厚なものから控えめなものまで、さまざまなラインナップがある。営業部部長の山崎稔さんは「紅乙女2、お湯8の薄く伸ばしたお湯割りはおススメ。食中酒として赤身の刺身にも合います」。