九州焼酎島

焼酎人
人間の脳で甘いと感じるのは、心地の良い味の焼酎なのです。

「呑む人」たちが、たくさんの「好き」を語る。
~ 「味覚センサー」を開発した九州大学教授 都甲潔さん ~

毎日の晩酌は本格焼酎という人たちがいる。選ぶ理由はさまざまだ。
甘い香りに惹かれる人、お湯割り、水割りと気分で楽しみたい人、糖分ゼロで健康に気を使う人。
焼酎を「呑む人」たちが、たくさんの「好き」を語る。

飲むお酒の9割は焼酎になりました。

40代半ばで痛風になりましてね。それから、飲むお酒の9割は焼酎になりました。昔はビールもよく飲んでいたけど、今は飲み会の乾杯だけですね。

焼酎を気に入っている理由は、表現は変になるけど自分の好みの味付けができるからです。ロックにすると、初めは生(き)の状態で焼酎そのものを味わいます。ただ生でばかり飲むと、かなり酔うんで、そのまま放置

焼酎は自分で遊べるんです。

。そしたら氷が溶けていく。焼酎が2で水が8ぐらいになる。それがいいんです。これが飲み過ぎないコツなんです。

日本酒はどうかって?日本酒はそれ自体が完成している。ワインも然り。日本酒やワインを薄める人はいないじゃないですか。完成品でそれに従わなければならない。焼酎は自分で遊べるんです。それも焼酎が好きな理由の一つです。

好きな焼酎は、あまり味に特長がないものです。

好きな焼酎は、あまり味に特長がないものです。黒霧島(宮崎・霧島酒造)と明るい農村(鹿児島・霧島町蒸溜所)なんですが、味覚センサーで調べた焼酎の味の地図によると、この二つの焼酎の味の数値は非常に似ています。普通というか、非常に平均的数値です。柔らかすぎず、芳醇すぎず、ドライすぎず。すべてが偏らず、平均的な位置にあるんです。他の焼酎もいっぱい飲んだけど、僕には何となく苦味とか渋みを感じて。何かとんがったような感じがして合わなかったんです。

黒霧島も明るい農村も、僕の舌には甘みを感じるんですよね。もちろん、この甘みは糖類の甘みではありません。焼酎には基本的に糖類は入っていないですから。甘いというのは実は「うまい」という言葉と同義なんですね。うまいとパソコンで打つと「甘い」と出ます。そして甘い=快なんです。人間は甘くなくても快いと思ったら、甘いと表現してしまう。そう考えると、焼酎に関して甘いと感じるのは、僕にとっては快いという意味。心地良いのです。もちろん、心地よさは、人によって違います。

僕が黒霧島や明るい農村を飲んで甘いと感じるのは、心地良いと脳で感じている。これはサイエンティストとしての発言です(笑)。

人間って、面白いんですよね。

人間って、面白いんですよね。例えば砂糖水にオレンジ色をつければ、人間はオレンジジュースと思っちゃいます。人間は情報で食するものなんです。

そもそも、味覚センサーを開発したきっかけでよくする話なんですが、僕は人参が嫌い。そこである日、嫁さんが人参を食べさせるために、細かく切ってハンバーグの中にいっぱい入れたんです。それを食べたら「今日のは味が違う。おいしい」と思ったんです。嫁さんから「あなたの嫌いな人参が入っているの」と聞いて、「味って、何て不思議なんだ。そうだ、僕は味を測る物差しをつくろう」と味覚センサの研究を始めたんです。これ、半分は本当の話です(笑)。

情報ばかり信用するのは面白くない。

つまり人間は舌で感じる味だけを取り出して表現ができないです。人間が口に出して発する「味」というのは、五感が融合されているんです。鼻が詰まったら味がしないというのは、脳が判定する味なんです。実際、舌は味を感じている。でも舌の味と鼻から感じる味を人間は「味」と言っている。

味覚センサーも情報です。でも、情報ばかり信用するのは面白くない。

例えば、味覚センサーで30年熟成の名もない焼酎と、「森伊蔵」が同じ味と判定されたとしましょう。値段も同じなら、どっちを選ぶか。僕は30年熟成の焼酎です。人間が手をかけてきた30年の歴史に思いを馳せ、飲む方が面白いでしょう。

文化というものも大事にしたい。

僕は味覚センサーという文明の利器を作ったけれども、文化というものも大事にしたい。それは、今の食文化を後世につなぐという文化です。文化は人の心。人の心を無視したようなサイエンス・テクノロジーはしたくない。

そういうこともあるので、30年物の焼酎を選ぶんです。僕は文化の心を持ちたいから。


プロフィール

都甲潔さん

1953年、北九州市生まれ。九州大学味覚・嗅覚センサ開発研究センター長。人間が舌で感じる味を客観的に数値化する「味を測る」概念を提唱し、味覚センサーを開発。その功績が認められ、文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞した。2013年に紫綬褒章受章。日本テレビの「世界一受けたい授業」などさまざまなテレビ番組にも出演し「プリンに醤油をかけたらウニの味」などユニークな説明で味覚に関する科学技術の啓蒙活動をしている。