九州焼酎島

焼酎人
沈壽官さん

「伝え人」たちが、焼酎の魅力を語る。
~ 薩摩焼の名門、沈壽官窯15代 沈壽官さん ~

大好きな本格焼酎の良さを、たくさんの人に知ってもらいたい、と活動する人たちがいる。
世界に向けて焼酎を発信する人。大学で焼酎を学び、同世代の女性に広めている人。
こだわりの焼酎を造っている人。そんな「伝え人」たちが、焼酎の魅力を語る。

うちの黒茶家で飲む焼酎は格別です。

焼酎は毎晩飲んでいますね。地元で飲む時は、小正醸造の赤猿、黄猿とか、田崎酒造の七夕とか。飲み方はいい加減でしてね。最初は水割りで、体が冷えてきたらお湯割りに変えて、温まってきたら、また水割りに戻して。あと、僕は焼酎をホッピーで割って飲むんです。ホッピー割りをすると、酔いが進んで気持ち良くなるんです。鹿児島では聞かない飲み方でしょう。地元の居酒屋にお願いして、白ホッピーと黒ホッピーを用意してもらっているんです。でも、僕ともう1人しか使ってないなあ(笑)。みんな、ホッピー割りを試してみたらいいのに。はまると思うけどなあ。

もちろん、黒じょかで飲むのも、おいしいですよ。特に沈壽官窯でつくっている黒茶家(くろじょか)は、一番できが良いものだと思います。焼き物の原料に研究に研究を重ねてできた、他にはない黒じょかなんですから。

焼酎本来の個性を出す黒じょかが、いろいろな苦労を重ねてできたんです。

新しい黒じょかをつくったきっかけは、もう20年ぐらい前のことです。日刊工業新聞を読んでいて、灘の蔵元で使うステンレスパイプが5年で腐食するという記事を見つけたんです。ステンレスは腐らないものだと思っていたので、「何でだろう?」と思ったんです。溶存酸素が原因だそうで、お酒の中に溶け込んだ空気と言いましょうか。日本酒だけでなく、焼酎でも同じじゃないのか、と思ったんです。

昔ながらにゆっくり仕込めば、溶存酸素も減らせるらしいのですが、生産がスピーディーになっている現代なので、それも難しい。液体の中に溶け込んだ空気を取り除くフィルターもあるんですが、非常に高価で、小さい蔵元はとても導入できない。工場で焼酎の溶存酸素を除去できないのなら、使い手が取り除いて、焼酎本来の個性を引き出してやったらどうか、と。そこで、新しい黒じょかの開発を思い立ち、遠赤外線の微弱波動というものを使って、液体の中の空気を脱気してみようと考えたんです。

知人に紹介してもらった、遠赤外線の微弱波動を出す鉱物で黒じょかをつくって、筑波大学で実験もしました。ちょうど40度の飲みごろで、遠赤外線がピークになるように原料を配合し、直火で割れない黒じょかが、いろいろな苦労を重ねてできたんです。完成までに、4~5年は、かかったでしょうか。

「これがゴーゴーか!」と感じるくらい、まろやかに

うちの黒じょかで、薩摩酒造の蔵人30人に、自分らがつくった焼酎を使って試飲してもらいました。すると、さまざまな黒じょかの中で、28人が沈壽官窯の黒じょかの焼酎が一番おいしいと答えたんです。中には「どこの焼酎が入っているんですか」と尋ねる人もいましてね(笑)。うちの黒じょかは自分のところでつくったのか、わからないぐらい、焼酎が変わるんですよ。焼酎と水を5対5で割っているのに、「これがゴーゴーか!」と感じるくらい、まろやかになり、クイッと飲めちゃうんです。悪酔いもしないんです。

薩摩伝統の黒じょかの位置づけ

ありがたいもので、お客さんからも電話をいただきます。うちの黒じょかをとても気に入っていただけて、お客さんは毎日仕事が終わると、家まであと15分のところで奥さんに電話するんですって。すると、奥さんが黒じょかに、焼酎と水を半々に割って入れてくれるそうなんです。帰宅したら、自らカセットコンロに網を乗せて、その上に黒じょかをセットして、ごく弱火で温める。その作業が最高にいい、って言うんです。

今はお湯割りをつくるにしても、ポットからお湯をコップに入れる、いわゆる“インスタント飲用方”みたいな飲み方が主流でしょう。薩摩伝統の黒じょかは機能性から、単なる鹿児島土産みたいな位置づけになってしまっていたから、お客さんの話を聞いて、なおさら嬉しく感じたんです。

過去に戻るということは、未来に進むことでもある

伝統とは、革新的に登場し、それが世の中に受け入れられた時に伝統と呼ばれるわけですよ。桃山文化だって革新的に登場したんですけど、現代の人たちから見れば伝統でしょう。いろんなイノベーションが地層のように重なっている風景を伝統と思うんです。でも、伝統をつくるためには、過去を見つめることも必要です。未来は学べないですけど、過去は学べますよね。変な言い方になるかもしれないですけれど、過去に戻るということは、未来に進むことでもあるんです。

僕が伝統の黒じょかに目を向けたのは、昔みたいにみんなに日用品として使ってもらえないか、という黒じょかの将来に向けての思いがあります。そして、多くの人たちが日用品として使用していた黒じょかの、過去の良き時代を体現したい、との思いもあるんです。だから、科学的にいろいろと実験もしましたし、形状や使っている原料は、昔の黒じょかと全く同じではないけれども、「焼酎をおいしく飲むための道具」ということに限れば、昔の人と同じだなと感じているんです。


プロフィール

沈壽官さん

1959年、鹿児島県出身。400年以上の歴史を誇る薩摩焼の窯元。早稲田大学卒業後、京都で陶芸を学び、イタリアに渡る。国立美術陶芸学校を卒業後、韓国の金一萬土器工場でキムチ壺制作を修行。1999年、15代沈壽官を襲名した。 沈壽官窯の住所は、鹿児島県日置市東市来町美山1715。