大吟醸のような“磨く”芋焼酎「櫻井」
個人的に「金峰櫻井」という芋焼酎が気に入っている。
すうっと喉を通って、さつま芋の何とも言えないこうばしさが鼻を抜けていく。
そんな「金峰櫻井」の造り手、櫻井酒造代表の櫻井弘之さんに、福岡の焼酎イベントの会場で出会った。
櫻井さんは、自分の息子や娘ぐらいの若い男女に囲まれ、ニコニコしていた。
別のブースを回って戻ると、いつの間にか男性が蔵の法被を着て接客をしている。
「櫻井の焼酎と社長のことが好きなんですよ」と目を輝かせながら、しきりに試飲を勧めて来る。
そんな様子を目を細めながら黙って見つめる、63歳の櫻井代表。
「彼らは蔵とは全く関係ないですよ。焼酎のイベントに出店すると、いつも来てくれるんですよ。あっはっは!」
なんで若者に人気なんだろう?
焼酎だけでなく、蔵元にも興味がわいてきた。
じっくり話を聞きたいと、鹿児島市南さつま市金峰町の櫻井酒造を訪ねた。
2割削りのさつま芋、焼酎・櫻井のうまさの秘密
東シナ海沿いに続く吹上浜のすぐそばにあり、東には九州100名山の1つ、金峰山が見える。
明治38年(1905年)創業の櫻井酒造は、櫻井さんで3代目。
外部から雇っているのは男性社員1人だけで、ほぼ家族経営の小さな蔵だ。
芋焼酎の製造期間も、新鮮なさつま芋が手に入る9~11月の3ヶ月間と短く、生産量は少ない。
笑顔で迎えてくれた櫻井さんに「金峰櫻井がうまかった」と伝えると、「うちは2割は芋を削ってますから」とうれしそうに“うまさの秘訣”を教えてくれた。
一般的に、芋焼酎をつくる時は、原料のさつま芋の傷んでいる部分を取り除く。
そんな中でも、3代目いわく「うちが焼酎蔵の中で芋を1番削っていると思います。他の蔵から『こんなきれいに削られた芋は見たことないよ』と言われるぐらいだから」と胸を張る。
なぜ櫻井は2割も芋を削るのか?
「日本酒の大吟醸と同じ発想ですよ」と櫻井さん。
日本酒は酒米を磨け(削れ)ば、磨くほど、雑味のないきれいな味わいになる。
同様に芋を2割も削ることで、雑味のないすっきりした、キレのある芋焼酎が出来上がるというわけだ。
ただ、削るということは、製造できる芋焼酎の量が少なくなるということでもある。
経営的に見れば、もったいない気もする。
「確かに『趣味みたいなことをやっている』と言われることもありますよね」と櫻井さん。
しかし、「削ることで自分が納得できる味になるんです。おいしい焼酎をつくるためだから必要なことなんです」と妥協はしたくない。
櫻井さんが納得する焼酎の味とは?
そんな蔵元の「納得できる味」とは?
「たまに喉にひっかかる焼酎があるじゃないですか。あれは、好きじゃない。私は常にすっきりと飲める焼酎が好みなんです。味が濃くても喉にひっかからないような焼酎がね」
そもそも、さつま芋を大胆に削る手法を始めたのは20数年前、「櫻井」の銘柄をスタートしたころだという。
伝統銘柄・さつま松の露が鹿児島以外で売れない危機!
櫻井酒造の伝統的な銘柄は「さつま松の露」である。
ところが、宮崎の松の露酒造が「松の露」の商標を持っており、鹿児島県外に「さつま松の露」を出荷できないことを知る。
櫻井酒造の芋焼酎を県外に売るために、新たな銘柄をつくらなければならない状況の中で、芋焼酎の「櫻井」は生まれたのだ。
そして、「櫻井」を始めるにあたって、3代目は考えた。
「大手メーカーと価格競争して、焼酎を安く売っても小さな蔵は生き残っていけません。だから、『櫻井』は少々値が高くても、飲んでもらえる焼酎にしようと思ったのです。そのために、良い品質の原料を使い、さつま芋を徹底的に削ったりする製法を思い立ったのです」
愛嬌たっぷり櫻井さん
21歳で蔵に入り、芋焼酎づくりが40年を超えたベテランは、これまでの苦労を感じさせないほどにこやかに、話し続ける。
「趣味はないんですよ。焼酎を飲むのは好きですけどね。アッハッハ!」。
時折、甲高い声を響かせ、豪快に笑う表情は、愛嬌たっぷり。
そんな櫻井さんに惹かれて、イベントに若者たちが駆けつける理由が、薩摩の地でわかったような気がした。
櫻井酒造
鹿児島県南さつま市金峰町池辺295
0993-77-1332
代表銘柄の「金峰櫻井」は白麹仕込みの原酒をベースに、黒麹でつくった原酒をブレンド。
他にも、黒麹の「黒櫻井」、酒米を麹米に使用した「造り酒屋櫻井」「おまち櫻井」などがある。
「櫻井」シリーズで使っているさつま芋は、紅はるかの「紅櫻井」以外は、すべて黄金千貫。
いずれの焼酎も常圧蒸留で仕上げている。