「売る人」たちが、今惚れ込んでいる焼酎を語る。
~ 万膳酒店店主 万膳尚幸さん ~
本格焼酎をお客に振る舞う人たちがいる。
飲食店や酒屋。彼ら、彼女らは、味に敏感だ。ブランドにとらわれず、自らがおいしいと思える焼酎を常に探し求めている。
「売る人」たちが、今惚れ込んでいる焼酎を語る。
僕が生まれた時に「萬膳」はなかった
今でこそ、「萬膳」という芋焼酎はお酒好きな方々に知っていただいていますが、僕が生まれた時に、万膳酒造の蔵はなかったんです。製造免許だけを残し、万膳酒店という酒屋だけがありました。
万膳酒造は大正11年創業なんですけど、祖父の死で休業状態になっていたんです。その時、父は10歳。いつかは焼酎造りを復活させたいと思い続けていたようです。だから、僕が幼いころは、両親が朝から深夜まで、ひっきりなしにお酒の配達をしていた記憶しかありません。
1999年から万膳酒造は焼酎造りを再開しましたが、その前からの小売業のお陰もあり、今で世に言うプレミアム焼酎の「村尾」の村尾酒造さんや、「魔王」の白玉醸造さん、「なかむら」の中村酒造さん、「伊佐美」の甲斐商店さんなど有名な焼酎蔵元様とも付き合い続けさせてもらっています。
今は弟の博幸が製造、僕が小売と分業しています。蔵作業はサポートできる時に行っています。焼酎造りの経験したことはあるんですが、向いてないと思いつつ、自分に甘い部分があるから(笑)。重労働で、朝も4時半からと早く、長い製造期間。本当、蔵人たちはすごいです。だから今は酒店の方で、「萬膳」を含めて、様々なお酒をPRする日々です。
鹿児島では珍しい日本酒の品ぞろえが豊富な店
うちの店は鹿児島では珍しい酒店でして。日本酒や輸入ワインの品ぞろえが豊富なんです。もちろん鹿児島の顔は焼酎だし、うちの父が頑張って焼酎会社と取引してきたことも知っています。でも、いままでの真似事をしていても、この先もたないな、と思ったんです。
いろんな種類の日本酒、ワインを店に置くようになったのには、きっかけがあるんです。ワインツアーで行ったドイツに感銘を受けて、1年間留学させてもらって以降です。ワインもビールも、いろんなお酒がおいしいところでした。そうして帰国した時に、感じたんです。焼酎という文化への尊敬と、保守的すぎる部分の、相反する気持ちを。
鹿児島には「焼酎は、うまかど(うまいぞ)」精神はあっても中々、それ以外の広がりを感じない一面があるな、と。たまには日本酒を飲んでも、ワインを飲んでもいいじゃないか。そんな思いもあって、酒屋への気持ちに火がついたんです。
鹿児島の町には「焼酎屋さん」はいっぱいあるんですけど、「酒屋さん」ってないよな、と思って。どこを見渡しても、先代が置いてきた焼酎だけを取り扱っている。開拓心が希薄というか、それじゃ、つまらないな、と。万膳は蔵はあれど、焼酎だけでなくもっと柔軟性を、と思って。酒店というもう一つの顔があるから、お酒の売り手という気持ちも持っていたい。お客さんにいろいろな種類のお酒を買って、楽しんでもらいたいと思うんです。
複雑なんですけど、焼酎より、日本酒の方が売れます
ドイツから帰ってきた時は、卸会社に依存する形でお酒を仕入れていましたが、自分が蔵元の顔も見えないような酒を売ってても、ピンとこないのが実情でした。だから、しばらくして全国の日本酒蔵に自ら足を運んで、お取引をさせていただく事を始めました。かと言って、アイテムを増やしすぎるのは良くないと思っているので、個性を感じる事が出来て、信じたお酒を、ゆっくりと置いていっています。
普通、日本酒やワインなどの醸造酒は、鹿児島では売れないと思いますよね? でも、うちの店舗(店売り)では日本酒が5割、焼酎が4割、あとはワインなどが1割です。焼酎造りもしているので、ちょっと複雑ですけれど(笑)。
人口12万5000人の霧島市で、他の酒文化を引っ張ってくるのは、博打でもありました。でも、僕にとっては心地よかったんです。お客さんが「何で日本酒を置いてるの?」と驚いてくれるのも、楽しいんです。正直、日本酒を取り扱う時にドキドキすることもありますよ。「えー、4号瓶なのに、驚くような値段じゃん」と。でも、1日、2日でなくなる事もありますね。それが一過性のブームだけで終らないように、酒販店として積極的に動いていくつもりです。
ある意味、焼酎というすばらしい地酒が身近にあったからこそ、それを糧として、日本酒やワインの世界にも向かっていけたのかなと感じます。でも、ここ1~2年の話なんですよ。それまでは、酒屋ってどういう存在なの、と考え続ける日々だったので。
焼酎、日本酒、ワインといろんなお酒を楽しんでもらいたい
ただ、うちが目指したいのは、焼酎文化に対して、他の酒文化の侵食ではありません。鹿児島の焼酎蔵を持つ酒屋ですから、やっぱり地に根付いた焼酎と、日本酒、ワインなどのコンビネーションを楽しんでもらいたいんです。最近ではお客様も、日本酒やワインに物珍しさを感じてくれて、聞く耳を持ってくれるようになっています。もちろん鹿児島の方だから、締めは焼酎です!(笑)
最近は若者の酒離れとか言われるじゃないですか。飲まないというか、お酒のことを知れてないと思うんですよね。親が共働きで、親の背中を家庭の中で見てなかったりするわけです。それじゃあ、「オヤジ何飲んでいるの?」という会話も生まれないですよね。
うちの店によく来てくださる小学校の先生は、大学生の娘さんに「これおいしいから飲んでみなさい」と、意識的に焼酎のニオイをかがせたりするそうなんです。先生はすごく酒好きだから、娘さんにも酒を楽しんでもらいたい、お酒の良さを知ってもらいたい、と思っているみたいで。
そんな風にして、自分の飲んでいるお酒の銘柄とか香りの記憶を息子や娘に、刷り込んでいくしかないと思うんですよ。町内会の集まりとかで、昔、おじちゃんたちが、あの銘柄を飲んでいたよな、と自然に刷り込まれていく様な感覚。子供の時の記憶があるから、20歳になって、オヤジが飲んでいた酒を飲んでみようかな、となるんじゃないですかね。
酒は焼酎でも、ビールでも、日本酒でも、何でもいいと思うんですよ。ビールがおいしいな、と酒を飲む楽しさを知った若者はその後、焼酎も飲んでみようかな、となるわけですから。
万膳酒店でも毎月1回、お酒を飲む楽しさを知ってもらおうと、イベントを開いています。例えば、芋焼酎「なかむら」を造っている中村酒造場さんをお呼びして、焼酎ソルティードッグなど中村酒造場さんのおもしろいお酒の飲み方を紹介してもらったりしています。ネットなどの告知は一切しておりませんが、ジャンルにとらわれず、店内にある全てのお酒を対象に小規模での会を行っています。
「萬膳」は自信を持っておいしいと言える焼酎
僕も、普段から、焼酎にこだわることなく、日本酒、ワインと、いろんなお酒を飲みます。ただ、友達と飲む時の最後は、やっぱり焼酎になりますね。
レギュラーでおいしいなと思うのは、薩摩酒造さんの「南方」。値段は安いですけど、しっかりした味だな、と。でも、これまで一番飲んでいるのは、やっぱり、うちの「萬膳」です。実家だから思い入れも強くなりますよね(笑)。口にぴたっとくるようなセサミ香のような、香ばしさがいいんですよね。それが料理の脂身とくっついて、味を引き立たせてくれるんです。
当然のことですが、万膳酒造の焼酎造りは「ちゃんとした手造りでやっています」と言い切れます。お客様に「おいしい」と喜ばれたら、自信を持って「ありがとうございます」と言うことができる焼酎なんです。
プロフィール
万膳尚幸さん
1986年、鹿児島県生まれ。福岡市のアパレル専門学校を卒業後、服飾販売を経てドイツ・フライブルクに留学。23歳で家業の万膳酒店に入り、店主を務めている。店舗では焼酎13蔵元、日本酒12蔵元といずれも厳選した銘柄を扱い、ワインはフランス、イタリア、ドイツのインポートワインをそろえている。父が代表を務める万膳酒造が製造する「萬膳」「萬膳庵」は、入手困難で知られる人気の芋焼酎。