兄弟で進化させる「極楽」な味わい
美しい水に恵まれた球磨焼酎
九州自動車道を人吉インターで下りて、球磨広域農道(フルーティーロード)に入った。5月のドライブは、両側に美しい茶畑などの田畑が広がる。山道のアップダウンを30分ほど続けると、目的地の熊本・湯前町に着いた。米で醸す球磨焼酎「極楽」の醸造元、林酒造場は、あふれるばかりの緑に囲まれていた。

緑いっぱいの大きな木が林酒造場の入口に並んでいた
蔵のそばに清流、都川
心安らぐ風景で造られる米焼酎

石造りの下町橋。美しい川のすぐ上に蔵がある。
車を止めると、蔵のすぐ下から水の流れる音が聞こえてきた。のぞいて見ると、青く、美しい。都川である。1906年(明治39年)に竣工したアーチ式の石橋、下町橋(湯前町指定文化財)が風景にマッチしていて、眺めているだけで、心が安らぐ。
水が良いからうまい
300年以上の歴史を持つ焼酎蔵

14代目の展弘さん
「うちの焼酎は、とにかく水がいいんですよ。九州山地にあるから、家も車も少ない。抜群の環境の中で、きれいな軟水が湧き出ています」と社長の林展弘さんは、誇らしげに語ってくれた。
林酒造場の歴史は古い。一族の位牌から、少なくとも17世紀後半の徳川綱吉の時代には焼酎造りをしており、創業から300年以上は経っている。地元郷土史の専門家からは「おそらく球磨焼酎の蔵では一番古いのではないか」と言われたという。
東京農業大出身の家族で経営
兄が味の方向を決め、弟が再現する

年季の入ったタンクが並ぶ
展弘さんは蔵の14代目。弟の杜氏、泰広さんと両輪で、米焼酎づくりに励む。展弘さんの妻、敦子さんも蔵仕事を手伝う。3人は東京農業大学の出身。展弘さんと敦子さんは同級生で、泰広さんは敦子さんの所属していた研究室の後輩にあたる。

杜氏の泰広さん
大学で醸造を学んだ兄弟だけど、「焼酎づくりをしようなんて思ってなかった」と口をそろえる。幼いころから重労働を見てきたこともあって、2人とも卒業後は東京で就職した。展弘さんは酒問屋の営業が充実していたし、泰広さんはフランス料理のレストランでソムリエを目指していた。
そんな時、「決して弱音をはかない父から『帰ってきてくれ』と言われて」と展弘さん。当時、球磨焼酎酒造組合の理事長だった父は、組合の仕事に忙殺され、人手不足で米焼酎づくりが回らない状態だった。3年ほど勤めた酒問屋を辞め、湯前町に戻った。
数年後、泰広さんも「ドラマのような出来事」にあって、兄に続く。別の店から誘いを受けてレストランを移るかどうか迷っていた時期。「店に来た常連の外国人女性から突然、あなたは家族を守りなさいと言われたんです。それまで、一度も話したことがなかったお客さんだったんですよ」。女性はジプシーの末裔と聞いていた。言葉の魔法にかかったように、気がつけば実家の蔵に入っていた。

「極楽」を守る兄弟。笑うと似ている。
それから20数年。兄弟は時にケンカもしながら、「極楽」を守り続けてきた。味の方向性は兄が決め、弟が杜氏としてつくり出す。「味に関しては、兄の意見を踏襲して、僕は造り手に徹します。だから味で兄弟が対立することはそんなにないですね」と泰広さんは話す。

取材日は米焼酎の蒸留の真っ最中
メイプルの香りがする米焼酎
「ことしの極楽はうまい!」と林兄弟

常圧蒸留で仕上げた「極楽」
極楽は「メイプルの香りがする」と言われる。ある試飲会では、20歳になりたてぐらいの女性が「懐かしいにおいがする」と話した。飲む人たちの記憶に残る、個性的なフレーバーが「極楽」の持ち味なのだ。展弘さんは「独特な極楽の味や香りがなぜできるのか、実はよくわからないんです。だから、レシピはできるだけ変えないんです」と明かす。
ただ、米焼酎づくりの基本は変わらないけれども、14代目は「極楽の味は進化し続けています」と力を込める。兄と弟がアイデアを出し合いながら、常に上質な球磨焼酎を追い求めているのだ。
ちなみに今季の「極楽」は、うまい。兄弟がそろって、言い切れる味に仕上がった。
林酒造場
熊本県球磨郡湯前町下城3092
0966-43-2020
代表銘柄「極楽」は、「後切れの良さが特徴です」と展弘さん。常圧、減圧と蒸留方の違う2種類がある。地元ではまろやかな口当たりの減圧が好まれ、個性的な味わいの常圧は地元外で人気とか。樫樽長期貯蔵の「熊本城」や無農薬米を使った「ゆうき」も出している。